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あれから12年

語ってもよろしいか。

早いものですね。もうあれから12年経ちました。

当時亡くなられた方は十三回忌を迎えることになりますね。

あの日、ヲヤジは職場の長期研修で、東京におりました。

新宿から歩いて帰られるという、おおよそ勉強とはかけ離れた立地の寮で、朝テレビを見てますと・・・。

長田が炎上している映像が目に飛び込んできました。

あわてて、実家に電話するも繋がりません。
で、自分の住んでたアパートに電話すると、呼び出し音が聞こえました。
停電していたのでしょうか、留守電にはなりませんでした。
が、電話が鳴るということは、アパートは無事のようでした。

広島の兄に電話しました。
嫁さんが放送をビデオに録画して、コマ送りで実家の場所と、ヲヤジの住んでいるところが炎上していないか確認してくれました。

当時住んでいた所は、阪神高速が倒れた場所の北西にありましたので、倒れているんじゃないかと言われましたが、電話が通じるから大丈夫やろ~。とか、呑気なことを言いつつ、その日の飛行機で帰ってきました。

伊丹空港に着いたのが、昼過ぎ、同僚の迎えの車が来たのが夕方、自宅辺りは停電で真っ暗で、三宮に着いたきには日付がかわっていました。

翌日、徒歩で自宅に向かいまして、見たモノは・・・。
( ̄□ ̄;)!!完全に倒壊して、自分の部屋がどこにあるのかわからない状態のアパートでした。

三日ほどして再び行ってみますと、自衛隊の方が二階部分から下の部屋を掘り起こしていました。

「どうや?見つかったか?」
「いや、未だや、もうちょと掘ってみるか」
「・・・。あの・・・。今どの辺りを掘っていますか・・・」
「えっと、奥から二番め・・・」
「そこ!!僕ですッ!!」
「えっ、ああご無事でしたか」
「ええ、東京にいましたもんで・・・」
「そりゃあよかったですね。両隣亡くなってますんで・・・」
「・・・・・・・・・」
「ちょうどね、アナタの部屋の二階の水張ったバスタブがね、恐らくおられるだろう位置にね、落ちてきてて、その下にいるのじゃあないかとね、掘っていたんですよ。この部屋がね、一番潰れてるんですよ。よかったですねぇ」

今思えば、そのとき人生の運という運を全て使い果たしてしまったのかもしれません。

さて、実家の両親の安否はといいますと、電話も繋がらず、家もかろうじて形がありましたが、空でした。

でも、ある方法で無事を確認できていましたので、翌日避難所であうことができました。
皆さんも、一度ご家庭で話し合って決めておくことをオススメいたしますです。

さて、今日もその跡地に行ってきました。
跡地に行きますと、当時の悲しいことが思い出されますが、それは、こちらのほうに置いといて、少しウレシハズカシ、あまずっぱぁ~い思い出をば語ってもよろしいか。

さて、ヲヤジが十代の終わりの頃、ほんのちょっとおつきあいをした女性がおりまして、それがまあ、清い交際であったワケです。
しばらくしたある日、ケータイに留守電が入っておりました。
自宅の電話を転送するようにしておりましたので、発信番号はわかりませんでしたが、その彼女からの電話でした。
実に15年ぶりでした。

さて、彼女にどうやって連絡をとるか・・・。
そう思案しながら、瓦礫の中の自分の部屋を覗きこんでみますと、なにやら手紙の束が見えました。
押し入れの奥にしまっていた箱が外に飛び出していたようです。
いつ来るかわからない余震にそなえて、友人が外で見張りをしてくれているなか、高さ40センチほどしかないところにカラダをつっこんで、引っ張り出してみますと、彼女からの手紙でした。
番号案内で、調べて電話してみますと、実家のお母さんが出てきました。
事情を話して、電話番号を教えて頂き、無事連絡をとることができました。

彼女はとっくに結婚していて、今や二児の母でした。
電話だけでの再開でしたが、非常にウレシイ出来事でした。
彼女とは、それっきりですが、男の子は既に小学校の高学年だったということは、今は立派な大人になっていることでしょう。
もしかしたら、おばあちゃんになっているかもしれません・・・。

さて、昔の手紙が出てきたとなると・・・(ー’`ー;)

( ̄□ ̄;)!!りゃあイカン・・・。

まだほかにも沢山埋まってるぅ~。

当時はケータイも殆ど普及していませんし、ましてやメールなんてありませんでしたから、女の子の多くは手紙を書くのが好きでしたですね。
会った日の翌日には手紙がポストに入っていたりしたほど筆まめなコもいましたです。

そんなこんなな手紙を捨てればいいのに、テキトーに段ボールの箱に入れて押し入れの奥に隠していたのをすっかり忘れてしまっていたんですね。

やっぱネ、新しい彼女には見せられませんからネ・・・。

で、なんでイカンかといいますと、当時多くのマスコミが現地入りして、あちこちつぶさに取材しておるワケです。

テレビのリポーターが、瓦礫の中からそれを見つけ出したときのことを想像してみてください・・・。

絶好のお涙頂戴ストーリの題材にされてしまうことでしょう。
書かれた住所を頼りに相手の所に訊ねていかれたりしたら・・・。
そんな番組が放送されたら・・・。
どの面下げて無事でしたってノコノコ出て行けるでしょうか・・・。
とか、シンケンに想像しましたですね。

今では、イイ笑い話です。ハイ。

さて、その残りの手紙はといいますと、ある程度は拾いだし、残りは、鳴尾浜の埋め立て地の地中深く、さらに上には高層団地も建っておりますですね。
おそらく今世紀中に日の目をみることはないでしょう。

えっ、その広い出した分はって・・・。

家の中に無造作に置いたりはしてませんですよ~。
いずれ、棺桶にでも入れてもらいましょうかねぇ。
ええ、ええ。

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